一般社団法人 信州上田観光協会 うえだトリップなび

特集記事

山本鼎と「農民美術」 かわいいこっぱ人形をおみやげに

今からおよそ100年前、大正8年(1919)に旧神川村(現上田市)ではじまった「農民美術」
なかでもこっぱ人形や鳩の砂糖壺などの木彫りの作品は、その愛らしい姿に多くの世代から注目を集めています。画家の山本鼎(かなえ)から始まり、さまざまな人が紡いできた守るべき上田の文化。これまでの歴史をたどりながら、こっぱ人形をつくる人と工房、作品を展示している美術館、購入できるお店などを紹介します。

農民美術とは

山本鼎は、愛知県岡崎市で生まれた芸術家。彼の父親が、現在の上田市大屋に病院を開き、上田市との縁が生まれました。

20歳で東京美術学校へ入学、明治45年(1912)にはフランスに渡るなどし、木版画や油絵の才能を評価されてきた山本鼎。フランス留学からの帰路でモスクワに立ち寄った際、子どもたちが自分の発想をもとに自由に絵を描く「児童自由画教育」と、「農民美術」の原点となる思想や作品に触れ、帰国後旧神川村でそれぞれの運動に取り組みました。

上田市立神川小学校の一室には、今も当時の子どもたちが描いた絵や版画、山本鼎を紹介する資料が収められています。
※資料室は一般開放はしておりません。見学希望の場合は事前に小学校へご連絡ください。ただし都合により見学できない場合もあります。

農民美術は、大正8年に農閑期の農家の副業として、副収入をつくることを目的に始まりました。作られていたのは、今も続く木彫りはもちろん、北欧やロシアの作品を参考にした草木染めや刺繍、ホームスパン(毛織物)のクッションや土人形、指人形などです。

当時の日本は作物を育てる農家でさえ食べるものがないほど不作が続き、スペイン風邪が流行って多くの人が亡くなるなど、大変な状況が続いていました。「何か手を打たねば」と、国が模索するなか、山本鼎が提唱したのが農民美術です。

「地方で美術教育を行い、それが収入に繋がったら面白いじゃないか」という案を、政府が支持する形で講習が企画されました。最初の生徒は男性4人と女性7人ほど。冬期間に神川小学校の一室を借り、東京から一流の講師たちを呼んで農民美術練習所が開かれ、その後3階建ての「日本農民美術研究所」が開かれました。

初期は近隣の地元民を対象に行われた国の政策でしたが、昭和初期には「自分の暮らす地域にも木彫りを広めよう」という、腕も確かで人格もしっかりした人が各県の推薦状を持って研究所に集まるようになりました。

やがて北海道から鹿児島県まで、全国100箇所以上へ研究所から指導にも出るようになり、各地で生産組合が結成され、木端を使った人形をつくる動きが生まれていきました。
鹿児島県の桜島大根、静岡県の茶摘み、岐阜県の鵜飼、天橋立の股覗きなど、各地でさまざまな風俗人形が生まれ、お土産として親しまれた歴史があります。

これらの活動の根本にあったのは山本鼎の「自分が感じたものが尊い そこから種々の仕事が生れてくるものでなければならない」という言葉にもあるように、「美術教育を広めたい」という想いでしたが、生徒として集まったのは産業として収入を得たい人たちです。生み出される作品は、徐々に個人の発想や自由にアートを楽しむことよりも、生産性や売れ筋が重視されるようになり、両者の間に溝が生まれていきます。

さらに活動の開始から4年後の大正12年(1923)には関東大震災、続けて世界恐慌、第二次世界大戦が起こり、産業としての農民美術は、開始から15年ほどで一度終わりを迎えます。

山本鼎は思い半ばのまま、終戦後まもなく亡くなってしまいますが、研究所を通じて芸術家として評される人材が発掘されたり、卒業生たちが独自に弟子を取ったりして、活動は細々と受け継がれてきました。

そうして、わずかながら戦後に復興した農民美術生産組合では、農民美術を伝統工芸品として認めてもらうための動きが生まれます。

上田市周辺では「長野県農民美術連合会」が結成され、長野県指定の伝統工芸品として、上田獅子や草花の壁掛け、鳩の砂糖壺などの作品づくりが行われてきました。

現在の作り手としての会員は7、8人。令和元年(2019)に農民美術発祥から100周年を迎え、山本鼎が唱えた「個人が自由に発想してつくる」「美術を学んで収入をつくる」という原点に立ち返るべく、こっぱ人形再興の動きも生まれています。

インターネットを通じて、若い世代や農民美術の研究者など、新たな層から反響が届き始めたという今。連合会会長を務める「コゲラの里工房」の徳武忠造さん、そして兄弟で工房を営む「クラサワ工房」の倉澤満さんと鈴木良知さんを訪ねました。

 

作り手に会いに行く

コゲラの里工房

スマートフォンを持って自撮りをするクマや、マスクをつけて立つ女性など、今の社会を反映する素朴で可愛らしい人形をつくる徳武さん。

上田市古里に工房を構える徳武さんは、研究所の生徒第一号、中村実の孫弟子にあたる人です。立体彫刻を得意とする橋本千春に師事し、木彫りの壁掛けや置物、皿や菓子鉢のような食器などを制作してきました。

「先生のところでお世話になる前は、3年ほどデザインの仕事をしていました。絵を描くのが好きで、でも絵描きとして食べていくのは大変だろうと思って選んだ道でしたが、デザイナーと呼ばれる人も世の中にはたくさんいます。これも食べていくのは大変そうだと思ったとき、近所に橋本先生がいるのを思い出したのが農民美術を始めたきっかけです。

弟子にしてもらえるよう何度も頼み込み、”3年で仕事を覚えること”を条件に基礎を学んで、きっちり3年で独立しました。当時はまだバブルの名残で注文もあり、なんとかやってこられたと思います」

独立後の徳武さんは、自身の制作とは別に、上田市の「山本鼎記念館」で木彫りの講師を務めるようになりました。

「縁あって入ることになり、閉館まで講師として携わりました。記念館の中で資料を見る機会も多く、農民美術の歴史や山本鼎の気持ちが自然と体に入ってくるような感覚がありました。純粋にすごいなあという気持ちだけでなく、まだ僕らにもやらなければいけないことがあるのではないか、という、使命感を抱くようになったのはその影響だと思います」

改めて山本鼎の想いや行動を後世に残していきたい。そうして作りはじめた「こっぱ人形」ですが、徳武さんのこだわりは、気取らず、見られていることを意識していない人形づくりです。

「一般的な人形は、おしゃれをしていたり気取っていたり、他者に見られることを想定して作られています。でも僕は、あえて素のままの形を表現したいと思っていて、なんでもないワンシーンを切り取るのがこだわりです。スマホを見ていたり、ぼーっと気を抜いていたり。

しっかり設計をしてから彫り始めていますが、パッと見は簡単そうで、”自分にもできそう”と思ってもらえるのが、こっぱ人形のいいところだと思います」

徳武さんが目指すのは、“複業美術の地”として上田市を盛り立てていくことです。
企業に勤めながらも、自己表現や副収入を得る手段として「複業」が選ばれるようになってきた今、かつて一流の人材が集まって農民美術が生まれた上田市だからこそ、美術での複業という選択肢を社会に提示していきたい、と徳武さんは話します。

「受け継がれてきた思想や文化こそが、山本鼎の残してくれた財産です。体験してみたいなと思ったら、サントミューゼや長野県の企画、もちろんこの工房でも体験会を行っています。最近は学生さんからの問い合わせや、県外からの来訪者も増えているので、気軽に参加してもらえれば嬉しいです。」

クラサワ工房

上田市(旧丸子町)、信州国際音楽村からほど近い池のほとりにある「クラサワ工房」では、倉澤満さんと鈴木良知さんの兄弟が制作を行っています。

令和元年(2019)からは倉澤さんの娘さんも色や柄付け、ワークショップの開催などを手伝うようになり、若いアイディアを取り入れた可愛らしい上田獅子や節句の人形、アマビエ、猫などが人気です。

「私は、いきなり農民美術の道に入ったわけではなくて、サラリーマンとして2年ほど会社勤めを経験しました。“これでいいのか”という迷いがあって中学時代の恩師に相談をしたところ、農民美術家の尾澤千春氏(尾澤工房)を紹介してもらい、美術の道に進む決意が固まりました。

なかなか思い通りには行かないけれど、それでも自分のデザインが形(作品)になって喜んでもらえるのは魅力だし、ありがたいと思います」(倉澤さん)

尾澤千春氏の紹介で、農民美術家の荒井貞雄氏(アライ工房)に師事し、一から木彫、彩色、仕上げの工程と、上田獅子、石楠花、りんどう、家紋などの作品づくりを学んだ倉澤さん。弟の鈴木さんも、高校卒業後に2年ほど土木関係の仕事をしてから、同じく荒井貞雄氏の元で農民美術の制作を学びます。

「会社勤めにはやっぱり違和感があって、自分もやってみようかなと。兄の姿を見ていた影響もあると思います。2年間修行を積んで、それからは兄と二人で制作をしてきました」(鈴木さん)

工房を開いたのは昭和50年(1975)。
しばらくはお礼奉公を中心に工芸品を作っていましたが、徐々に倉澤さんのデザインでオリジナルの作品を出したり、店との取引を始めたり、当時はめずらしかった兄弟展の企画も、工房で開催。また全国各地のギャラリーなどでも開催してきました。

「兄弟で作風が違うんだけれど、私はフクロウを多く彫ってきました。工房の近くにある信州国際音楽村のキャラクターが”アオバズク“っていうフクロウをモチーフにしていて、そこでフクロウのグッズを作ったのが最初です。長野オリンピックのスノーレッツとか、ちょっとしたフクロウブームもあってイメージがついてきたのかなと思います」(倉澤さん)

「私はコスモスを選びました。植物のモチーフ自体は一般的ですが、深彫りで明るいイメージのコスモスを作っている人はいなくて、そのあたりが特徴だと思います。他には木立の風景も作っていますね。信州の自然や四季を表すことは、二人とも意識しているポイントです」(鈴木さん)

クラサワ工房では、その他にも、都内のデザイナーさんオリジナルの干支を彫ったり、2019年からの3年間、無印良品の「福缶」に郷土の玩具として上田獅子を出したり、さまざまなコラボ商品も手がけています。

「未だに自分では不器用だなあと思うこともありますが、手作りならではの味わいがあれば面白いかなと思って彫っています。

いろんなものを作って来ましたが、作品自体はお客様の手に渡ってしまっているから、今まで作ってきたものを振り返りながら制作をしてみたい思いがありますね。

農民美術自体はやっぱり“お土産品”のイメージが強いかもしれませんが、個人的には独自の木彫りを目指し、個展もしてみたいと考えています」(倉澤さん)

各工房をはじめ、市や県の企画で体験できるこっぱ人形、そして木彫づくり。上田市では、そうした体験以外に、見て楽しむ農民美術のスポットがあります。

 

農民美術にふれあえる場所

長野県内の農民美術作品や日本国内の木彫り作品、遠くは海外のものまで、約1700点を展示している「尾澤木彫美術館」

「日本農民美術研究所」が開かれた神川地区の住宅街に建ち、レトロな外観が印象的な美術館です。館長を務めているのは尾澤敏春さん。自身も農民美術の作品づくりに取り組みながら、これまで45カ国くらいを旅し、コレクションを集めてきました。

「私の父・尾澤千春は、中村実に師事した山本鼎の孫弟子にあたる人です。家がご近所だった縁で、本当にたまたま農民美術を始めて、役場に勤めながら創作活動を続けてきました。

父の仕事を見ていて面白そうだなと思ったのが、私がこの世界に入ったきっかけです。元から跡を継ぐ気はありましたが、父の勧めで東京の大学へ進学し、彫刻を専門に基礎を学んできました」(尾澤さん)

上田市に戻ってからは、お父様と一緒に木彫りの手鏡やお盆、箱など日用品を作っていたという尾澤さん。他にも展覧会のための講習に出たり、彫刻を作ったりしていましたが、当時は美術館を開く予定は全くありませんでした。

「美術館を作ろうと思ったのは、29歳の時に行ったイタリア旅行です。当時の日本は、建物でも家具でも、みんなパイプや合板の組み立て式に移り変わっていった時期で、昔ながらの木組みや土壁などが失われつつありました。

旅先のヨーロッパでは、先代から受け継いだ家や家具を直しながら大事に使っているのがほとんどで、日本は寂しいなと感じたのを覚えています。帰ってきてから古民家が気になるようになり、ついには新潟から古民家を移築する計画が始まったんです」(尾澤さん)

当初は自分たちが暮らすために移築した古民家でしたが、コレクションしていた木彫作品を見た知人の勧めで、途中から美術館を開くことを決意した尾澤さん。
内装や設計は自身が手がけ、さまざまな角度から楽しめるよう、遊び心を加えた現在の空間が出来上がりました。

こっぱ人形の魅力は、味のあるところ。作り手によって佇まいが変わるのも興味深く、作っていても面白いと尾澤さんは言います。

「私の作品は彫刻の視点を取り入れたものが多く、人物や裸婦をモチーフにした木彫りのレリーフがあるのが特徴だと思います。一般的にはないような、一点モノとして作ってきました。

美術館に貯蔵している木彫り作品は、父と私、そして知人作家と、各国の木彫り人形。2300点ほどあって展示しきれていないので、これから建物を拡張する予定です」(尾澤さん)

 

作品を買える場所

栄屋工芸店

上田駅から北へと続く坂の途中、松尾町にある「栄屋工芸店」は、農民美術連合会の指定販売店です。

額縁店として始まった歴史があり、今の場所に店を構えたのは50年ほど前のこと。農民美術の木彫りの品や上田紬など、地域に根ざした商品を扱っています。

人気の品は、入手困難になりつつある鳩の砂糖壺ですが、伝統的な上田獅子の壁掛けなどは縁起物として今も贈り物に選ばれるそう。
店内には昭和7年(1922)に上田城築城350年をお祝いして作られた煙草入れなど、貴重な品も展示されています。

 

上田市立美術館ミュージアムショップ

文化交流施設サントミューゼの中にある、上田市立美術館のミュージアムショップでも、農民美術の品を購入できます。
2019年に企画された農民美術・児童自由画100年展をきっかけに置かれた商品が多く、先に紹介した徳武さん、倉沢さんのほか5名の作家の作品を扱っているそう。

昔ながらの農民美術というよりは、淡い色使いや花柄など今風の取り扱いが多いのが特徴で、鳩の砂糖壺のイラストのエコバッグなどオリジナルの商品も人気を集めています。

 

上田市の中央に近い柳町通りでは、コゲラの里工房の徳武さんが手がけたこっぱ人形の店看板を見ることもできます。
上田市内のあちこちに息づく山本鼎の想いと農民美術。先人たちの行動力と知恵に想いを馳せながら、お気に入りの一体を見つけてみてはいかがでしょうか。

【そのほか農民美術の販売店・制作者】
・三代目中村実工房(制作者)
・農民美術の家 アライ工芸(販売店)
・若竹屋紬店(販売店)

INFORMATION

 
尾澤木彫美術館
住所
上田市国分580-2
TEL
0268-22-4337
営業時間
9:00-18:00(4月から10月)/9:00-17:00(11月から3月)
料金
一般500円/小・中学生200円
定休日
無休
 
栄屋工芸店
住所
上田市中央2-2-20
TEL
0268-22-0029
営業時間
9:30-18:30
定休日
火曜休
備考
駐車場有(店裏に2、3台ほど)
 
上田市立美術館ミュージアムショップ
住所
上田市天神3-15-15
TEL
0268-75-7351
営業時間
9:00-17:00
定休日
火曜(祝日振替有)・年末年始定休

アーカイブ